2月06日(木)
川湯温泉→網走
あの日を胸に・・・
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夜が明けて、目覚めた。家の中は静まり返っている。横に香雪さんはいなくてトイレにおきてみると下の居間のコタツに下半身を突っ込んだまま寝ていた。再びSOSAは部屋に戻って寝てしまった。しばらくして目覚めて、居間へ行くと香雪さんがいなくなっていて、家の中はもぬけの殻。 香雪さん、おかみさん、ノロマミさんともども厩舎に行ってしまい、SOSA取り残されたのだ!どうすることもできなくて、一人自分の荷物の整理をして、網走へ行くための交通手段を考えつつ、香雪さんの部屋のスカイパーフェクトTVで時代劇専門チャンネルをボケ〜っと見ていた。 香雪さんのところにやってきて、荷物が増えた。香雪さんの部屋に飾ってあったバンエイ競馬の大きいポスターを欲しい!と図々しくお願いしたら、あっさりとOKを頂いた。ただし条件付きで、それは 折り曲げない事。 というわけで、ポスターを丸めてなるべく活動の邪魔にならないようにバックパックに取り付けた。
しばらくしてみなさんがご帰宅。早速朝食タイムとなった。働いていないSOSAが朝食にあずかるのはいささか気が引けたが、異常に空腹だったので気兼ねなく食べてしまった。香雪さんが小清水まで送ってくれると言っていたのだが、急遽用事が入ってしまい、それは不可能になってしまった。網走では流氷の丘YHに予約を入れていて、18時半までにはチェックインしなければならないのだ。 香雪さんが外出し、おかみさんとノロマミさんが網走までの行き方について相談に乗ってくれた。どうしよう・・・・。すでに11時になろうとしている・・・・。川湯温泉から網走へいく列車も丁度ない時間帯であったし、川湯温泉から女満別方面へ行くバスが無きにしも非ずなのだが、網走までは列車との接続が悪く、流氷の丘YHに18時半にはどうやっても着かない。万策尽きたか?思えたが、散々悩んで、 ヤケを起こして 国道を歩いて網走に向かう! といい始めたSOSAを見て、おかみさんが小清水まで送っていってくれる事になった。決まってから行動するまでは早かった。荷物を車に積み込み、ここでノロマミさんとはお別れ。彼女はもう数日間香雪に滞在するそうだ。 車で走る事40分ぐらい、小清水のバスターミナルに着いた。ここからであれば、バスもたくさん出ているので余裕で網走に着ける。
おかみさんに重ね重ねお礼を言って、別れた。バスは14時25分にやってくる。待ち時間30分ちょっと。ちいとばかし時間があったので付近を散策することにした。
おととしの夏にここを通った。小清水で何をしたわけでもなく、素通りをしただけなので、特別な思い出はないが、景色が記憶に残っている。 しばらくしてバスがやってきた。乗る人はというと・・・・・・ SOSA一人!
このカラッポ状態を見て、近い将来このバス路線が廃止になってしまわないかと、心配になってしまった。余計な心配か・・・・
数箇所のバス停を経て数人の乗客が乗ってきた。バスに揺られながら、いつのまにか寝てしまった。気付くとそこは、藻琴の近く。景色をパっと見て何処だかわかってしまう自分に驚きつつ、ふと目を海に向けると、もう海が見えなくなっている!ねぼけまなこで流氷を眺めていると、もっと目が覚める事態に。 バスは国道をはずれてよぉ〜〜く知っている場所を通ろうとしている。そこは、思い出の場所、、、、思い出の人が住んでいる場所のまさに近く。 起きていきなり思い出モードに突入。まさかここを通るとは思ってもみなかったので、驚くとともにほとんど変わっていない景色をみてどこかホっとした。一瞬降りようかとも思ったけど、大切な思い出をそっとしておきたかったので、窓から見るだけにしておいた。やっぱり網走は思い出の街。それは生涯変わる事のない事なのかもしれない。 (この文章を読んで、何の事だ?と思われるかもしれないが、2002年本州北海道北上大作戦を読めば分かる事である。あえてここでは説明はしないことにする(笑)) 網走駅が近づくに連れて、乗客が一気に増えた。そして定刻どおりに網走バスターミナルに到着。
勝手知ったる網走の街。どうしても100円ショップで購入したいものがあったので、いきつけの100円ショップへ向かった。頭がボぉ〜っとしていて、あまり何も見ずにただ歩いていたら、いつのまにか赤信号の横断歩道を渡っていて、タクシーの運転手さんに注意された! ゴメンナサイ・・・・ それにしても、北国の女の子はたくましい。今日の網走は暖かいとは言えどもマイナス5度。それでも、東京の女の子並みの短さのスカートをはいている。あまりジロジロ見ていてもただの変質者になってしまうので、網走の人間観察は手短におさえたが、本当に女の子とには感服するばかりだ。 100均で目当てのものを購入することができたので、YHまで歩いていく事にした。YHのチラシに書かれた超簡単な地図を頼りに行こうとしたが、よく分からなくて結局電話して詳しい道を聞いた。SOSAにとって網走周辺の道は大方頭に入っているので、問題は どうやって行くのか? というよりも YHがどこにあるのか? なのだ。能取岬方面と言われた時点で、教えてもらうよりもこちらから確認するのみで話が終わってしまった。
時間は4時半をまわりだんだんと日が沈んできた。辺りが明るいうちにどうにかしてYHにたどり着きたかったのだが、歩くには案外時間がかかるようだった。それでもひたすらエッチラオッチラ歩いてたら、たまたま、YHのペアレントさんが車で通りがかって乗せてくれた。かくして日が落ちる前にYHに着いたのだ。
YHに着いてチェックインを済ませて、部屋に入ると男性一人が暗くなりつつある部屋で何か書き物をしていた。話してみてビックリ、日本人ではなかったのだ。それがリアルタイム日記にも登場する韓国からやってきたカンさん。日本語も多少話すことが出来る。これがなかなか上手なのだ。意志の疎通には全然差しさわりがない。 後から男性2人がやってきて、部屋は計5人で、埼玉からやってきたタクイさんと、女の子2人組のドライバーをしている方(大学生)と流氷の丘YHの常連の方、、だったかな?ここらへん記憶があいまい。 夕食になり食堂に行ってビックリ。ちゅ、ちゅ、中国人がたくさん!日本人も中国人も韓国人もみんな同じ顔に見えてしまうので、闇雲に話し掛けても通じない可能性がある。はて、、、こまったものだ。何が困るかって話せる人が少なくなっちゃうのが困る!別に人種差別をしようってわけではありませんっ!SOSAにとって意志の疎通ができないことが1番苦なのです。 夕食で同じテーブルについたのは、カンさん以外全員日本人のようだった。それ相応にみんなで話がもりあがり、ただ一人もくもくと食べている女性がいた。みんな暗黙の了解でその女性は日本語が通じない人だと思っていたのだが、何かの拍子に突然、日本語を話し始めて一同ビックリ。 よくよく聞けば、その女性は人見知りが激しくてなかなか自分から話し掛けるのが苦手なんだとか・・・。本当にみんなビックリだった。それが後々に笑い話となってそれはそれで面白かった。 夜の温泉ツアーに参加して、網走湖畔の網走湖畔温泉へと言った。ライトバンにどう考えても定員オーバーの11人を乗せて出発。かなりきつかったなぁ・・・。温泉はかなり広広で満足♪ YHに戻ってきて、カンさんを囲んでいろんな話で盛り上がり酒を飲み交わしながら夜は更けていった・・・。カンさんから奇妙なものを頂いたのだった・・・ |
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