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8月13日(火) 竜飛崎→脇野沢 「いざ下北半島」 |
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8/13 |
| 毎度のことながら民宿での一晩は快適なものである。ストーブのおかげで濡れた衣類はすべて乾燥した。外は曇り空。依然として晴れない。起床は午前5時。雨が降らないうちに出発して、昨日果たせなかった、竜飛岬見物をしたかった。7時半には出発準備完了。さて、出よう!っていうときにおかみさんが現れて、
これもってイキナ! と、千円札を渡された。何回かお断りしたが、最終的に快くうけとることにした。お昼代に、、、といって渡された千円札は、ありがたみを感じた。この旅初めての収入(笑)本当にありがたい! 竜飛崎は民宿から程近いところにあった。民宿は海岸べりにあったから、下から岬を目指すことにし、アルものを見たかったのだ。それは、、、
日本でもここにしかない「階段国道」。もちろん車両は通行できないので、迂回しなければならない。で、その実態は、、、
ちゃっかり国道の標識がたっている。補助標識には「階段国道」の文字。
確か車両通行止めの看板がなかったような気がする。見落としかも。もしないとすれば、ここを車で走ってもなんら問題ないのだが・・・・まずそんな人はいないだろう。
この階段は長く、丘の上まで続いている。これは本当に国道なのか?と疑いたくなるが、看板があるので国道なのだ。
8月だというのにここでもアジサイ発見。それだけまだ気温が低いってこと。東京じゃ、8月のアジサイなんて考えられない。 階段を上っている途中に、昨日民宿で話したライダーさんがいた。どうやら青函トンネル記念館が開くのを待っているらしい。開館まであと2時間半!なんとしてでも見たいらしく、そこで頑張って待つ、、、ということだった。 階段を登りきってなおもあがっていくと、とそこに竜飛岬灯台がある。残念ながら工事中だったのだが・・・・
灯台を横目に見て、そこを通り過ぎていくと、岬が現れる。
岬にはまだ戦争の跡が残っていた。戦後50年以上たつのに、残っているなんて・・・ところで、なんのために残しているんだろう?
人は少なかったが、いないわけではなかった。
天気がよければ北海道の大神岬が見えるはず。でも曇り空のためにうっすらぼんやりにしかみえない。曇り空の景色は見飽きた・・・・
自然ってすごいなぁ〜〜って思ったのが上の景色。雨の降ってる部分と降ってない部分がクッキリ。こんな景色都会じゃ見れない。
半島には風力発電施設がたくさんある。それだけ風が強いってこと。一基あたり1000世帯分の電力を発電できるそうだ。
岬から少し下ったところに新しい看板が立っている。でも、建っている位置は先端からかなり離れている。
これを見て、税金の無駄遣いって思ってしまったのは自分だけ?これを建てるならもっと先端に建てればいいのに・・・・
竜飛崎を満喫して、階段国道を再びくだり、出発。天気には恵まれなかったが、頑張ってきた甲斐があった。竜飛崎を出発してからの国道339はしばらく、狭い今にも崩れそうな道が続いた。しばらく走って、ちょっと興味深いものを発見。
青森から来るとここで松前街道が終点となる。かつて、ここから松前(北海道)への船が出ていたらしい。で、物資輸送の重要な街道であったらしいのだ。そして、この石碑の近くに、、、
ここには義経伝説がのこっている。この厩石というのもそのひとつ。看板だけ写真におさめといて実物を画像におさめるのを忘れてしまうという大失態を演じてしまった・・・・
で、近くには義経寺というものがあった。ためしに行ってみる。階段を登って、山門をくぐる。何の変哲もない普通のお寺である。
交通安全祈願をして、ゆっくりせずに引き返す。
義経寺を出発。雨が降ってきた。考えてみれば雨に降られて5日目。勘弁してほしい・・・っていう気になってきた。どうして雨の中ちゃりこいでるんだろう?なんて自問自答してみたりして。北海道まであともう一歩で、足踏みしている気分。 また動き始めたところで、 「青函トンネル本州側入り口」 の看板が!これまた物珍しくなって、行ってみることにした。国道からちょっとだけはずれると青函トンネルの入り口はあった。周辺は小さな公園になっている。ここまで来たんだから、電車が出入りするところを見よう!ってことで、待ち伏せ。掲示されている時刻表によると、結構ひっきりなしに電車が走っている。 ・・・・・・・ 待っても待ってもいっこうに電車が来ない。大雨の影響で電車は運休か?!そんなことが頭をよぎったとたんに、トンネル付近のサイレンが鳴りはじめた。そして待つこと数十分。 目撃! 青函トンネルから電車が出てくる瞬間! そしてしっかり写真にもおさめました。
@なんにもない状態/Aサイレンが鳴り始め列車接近。入り口付近にモヤが・・・/B列車登場!/Cふたを開ければドラえもん列車 雨の降りしきる中頑張りました(笑)これを見て満足して、再び出発。これを見れてココまで来たかいがあったっていうもの。海沿いに国道をひた走る。でも天気が悪いおかげで、海を見ても「キレイ」という言葉はでてこない。
高野崎を見て、松前街道を南下。蟹田までやってきた。気温は昼間だというのに20度もいかずにちょいと肌寒い。国道沿いにはたくさん車が止まっているところがいたるところであった。どうやらお墓参りに来ているらしい。花などを持った人々をたくさん見た。そして向こうは不思議そうな目でこちらを見ている。 蟹田到着が13時半。ここで宿泊の予定だったが、脇野沢行きの船が15時半にあったので、さんざん迷った挙句、乗ることにした。搭乗手続きをすませて、付近を散策。そしたら雨が降ってきた。
受付け近くの待合室でひたすらボケ〜〜〜っとした。テレビではねぶた祭りのビデオが流れてた。時々そちらにも目をやりながら、ウトウト・・・・
さて、脇野沢についてからのことは全然考えてなかった。船は16時半に着く。一応マップルには「七引園地」というキャンプ場が書いてあったので、そこへ行くことにした。
やっと船が入港した。車がスタンバイを始めたので自分もチャリを持って船の側でスタンバイ。船の場合、チャリが一番先に積まれていく。だからちょい早めに行かないと、みんなの迷惑となってしまう。っま、時と場合によるのだろうけど。
見送りは? 、、、当然いるわけがない。港の景色は寂しい。紙テープがあるわけでもなく、ただ当分の間は来ないであろうこの地の景色を眺めていた。船に他の乗客が乗り込んできたので、席を確保。思ったよりも船は混んでいる。
さて、やっと出航。ものの1時間でついてしまう。テレビでは甲子園の様子が流れていた。このまま北海道へ行けばいいなぁ・・・とか思ったりしたけど、まだ 本州の最北端を見る! という重大任務があるために、まだまだ本州に居座る。ウトウトしてたら、あっという間に脇野沢に着くというアナウンスが流れた。
それにしてもどこに行っても天気は悪い。脇野沢も今にも雨が降りそうな状態である。定刻どおり船から降り立って、客船ターミナル(といっても古い平屋の建物)へ行って、キャンプ場の位置を確認しようとした。ところがどの観光地図を見ても、『七引園地』の文字がない。不安になって、売店のおねえさん(といっても中年(^^; )にキャンプ場の事を聞いたら、なんとそのキャンプ場はキャビンしかないという。ほかにキャンプ場情報を聞いたが、近くにはないらしい。フェリー乗り場に野宿するのは可能か聞いたら、隣のレストランの主人が、 野宿に厳しい らしい。しかも、夜中には 若者の溜まり場 になるという。そんなんじゃ、野宿も絶望的。そんなこんなしているうちに外は土砂降りとなってしまった。なにぃ〜〜〜?雨かいな・・・・もう脱力感。 一気に移動する気力がなくなって、フェリー乗り場で安い民宿を探した。その売店の人の知り合いの民宿にコンタクトをとってもらって、どうにか素泊まりで安くしてもらった。ここはちゃっかり値切る。 こうして、すっかりへっぽこ、腰抜けチャリダーと化したSOSAは民宿2連発となった。いいんです、これで。北海道を目前にして危ないことしたくないし。なによりも北海道がメインなんだからぁ!←言い訳 民宿はすぐ近くでちゃりで5分もかからなかった。素泊まりということだったが、いろいろお弁当を出してくれて、おまけにお刺身もいただいた。ありがたや。。。感謝しつついただく。やっぱり土地のものを食べるというのは最高である。 というわけで、民宿で今夜も安眠!!!って思ったのだが、大きな間違いだった。隣の部屋との壁がフスマ一枚。だから隣の音が良く聞こえる。テレビもなにもかも・・・で、寝るとき隣のテレビの音量が大きいおかげで、なかなか寝付けない。 ウトウトして、気付いたら一時過ぎ。まだテレビは消えていない。さすがに耐え切れなくなって、文句!!!って思ったら、向こうの隣の人も起きてきて、はちあわせ。どんなにドアをたたいても静まり返っている。どうやらテレビをつけっぱなしで寝ているらしい。ドアをたたく。やっと起きてきた。 すみません、テレビの音量・・・ コンタクトが入っていないので目の焦点が定まらない。その一言で相手は分ったらしい。すぐに謝って、テレビ騒音はなくなった。これで、安眠快眠!!!!って、もう1時半前やんけぇ〜〜〜!!!
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